わたしは通り道:研究者としてのスタンスを考え直してみた

わたしは小さな頃から異常な負けず嫌いだった。

妹とプールでどちらが長く潜水できるか競争しよう、という話になったとき、母が「お姉ちゃんは運動音痴の癖に、競争となると死ぬまで潜り続けるだろうから危ない」と心配するような、そんな子供だった。

負けず嫌いな気持ちはわたしを随分遠くまで連れてきた。中学受験、大学受験、卒業論文、修士論文、博士論文、いつも誰かに、自分の決めた目標に、試験に、負けたくないから最後まで諦めることができなかった。ただそれだけの道のりであった。

しかしこの1年ほど、決めた/決められた目標に向かってただ猪突猛進に突き進む、というやり方に苦しさを覚えるようになった。博士論文の終わった今、もちろんそれをブラッシュアップする作業はあるにせよ、次の大きな目標はアカデミアでの就職だと言われる。ところがそれは、いついつまでに試験対策をしたり、所定の作業をしたりすることで手に入る結果ではない。チャンスの順番がめぐってくると信じて、日々業績を積むしかない。

そしてこの業績も厄介である。一つの論文でできることは限られているとはいえ、駄文を量産したくない、あっと思われる論文を書きたい、という気持ちがどうしても頭をかすめ、終わりのないスパイラルにはまりこんでいつまでも一本の論文をまとめることができない。それに、査読に落ちたらどうしよう、また次にしようと一回でも思うとその後ろ向きで見栄っ張りな気持ちを捨て去ることが難しくなる。そしてたとえなんとか発表原稿や論文を一つ仕上げても、それで研究が終わり、ということは絶対にない。完了することのない目標をいつまでも追い続ける、それが楽しくないわけではないかもしれないけれど、業績が、就職が、という焦りに絡め取られてしんどくなってきてしまう。

思えばそもそも、研究者界隈でよくある「あの人はすごい優秀で〜〜」みたいな根拠があるのかないのかも不明な賛辞を向けられる人への嫉妬とか、「研究は辛いものですよ」みたいな諦念をなんとなく口にしてしまう雰囲気とか、「この研究にはこんな意義があるんです」という世間向けアピールとか、そういう言葉が数年かけてわたしのなかで詰まって出口を失っていて、なんとなく息苦しい、そんなくらいのことだったのかもしれない。大学を去って行く人を見送りながら、意味もなく羨ましいと思ってしまうこともあった。

でもわたしは負けず嫌いだから、一度決めたことをどうしても、多分窒息して死ぬまで止められないんだ。運動音痴の癖に。

というようなことが辛すぎて、いつか達成すべき目標とかではなくて、いまこの瞬間何をしていたら満足なのか、達成すべき目標というより、自分がどういう信念を持ってそうした目標に向けて行動するのか、というところを改めて考え直してみました。

それで、わたしはただ、知識の通り道でいたいというのが日々の指針になるのかな、ということに思い至りました(ここでいう知識っていうのは、暗記でどうにかなるものも含めつつ、もっと広く考え方みたいなものも含めてのイメージです)。先人が築いてきた知識とか考え方とかそういうものを受け取って、それを自分のなかでできる限り咀嚼して発展させて、そしてそれを人に伝えること。それがやりたいことなんだなあと。ただ勉強したい!研究したい!っていうのではなくて、そうした活動を通じて過去の人や現在、未来の人と交流したいというような気持ちが強い。わたしが何かすごいことをして完結するのではなく、むしろバイパスのようなものとして存在したいということなのかなと。自分はどうしたってみんなが取りうる通り道の一つにすぎない、と思うと、いい意味で気楽に、「楽しい通り道をこの世界に一つ増やそう!」というような気持ちで日々の仕事に取り組めるようになりました。道には出口があるので窒息もしない。

今はひとまず研究ができていて、研究発表や非常勤講師の仕事を通じてこの指針に則った生活ができている(クオリティーの問題はさておき)。だったら今はこれで頑張って、将来もフィールドにこだわらずとにかく知識の通り道であれるような、そういう仕事なり活動なりを行なっていきたいなと思う。大学での就職だけではなく、多様な方面で自分なりに自分の行動指針を充足できるような生き方を視野に入れて見ることができると、気持ちも前向きになる。

そんなわけで(別にこの1年も普通にゼミに出たり非常勤したり頼まれた仕事はやったりしていたので見た目には分かりづらかったかもしれないですが)、自分にとってはこれまでで一番長い1年以上に及ぶスランプを乗り越えられたと思う今日この頃です。

このブログも、随分前からあったのに実はなんかすごいこと(ていうか学術的に優れたこと)書かなきゃ、、、という謎のプレッシャーでなかなか手をつけられずにいたのですが、これからは学者に向けてというより、わたしの友達みんなに向けて書くような気持ちで、わたしの研究の面白いところについて、あるいはわたしが日常生活の中で見つけた美学で語れそうなことがらについて、それどころかもはやただ単にわたしの好きなことについて、ゆるく書いていこうと思っています。なんというか、日常起きることがらを少し掘り下げて考えるためにちょっとアカデミックなことも知りたいなと思うすべての人に向けて書けるのは、環境美学・日常美学研究の強みだなと思うのです。これもわたしにとっては、細々とした、知識の出口の一つと思って書いていければいいなと思います。