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『「ふつうの暮らし」を美学する』のなかに出てくる作品や場所など

この記事では、拙著『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』(光文社新書、2024年)のなかで言及される、作品や場所などの具体例のみをざざーっとリストアップしていきます。

この本は「日常美学」すなわち私たちの生活のなかの美学について論じるわけですが、私たちの生活について教えてくれる芸術作品もたくさんあります。また、芸術作品の経験との比較から日常の美的経験の特徴を炙り出すこともできます。

自分でも、どんな例を使ったかな?と振り返りたくなったので、がっつり取り上げているものから、たんに名前だけ言及しているものまで、章ごとにフラットに書いてみました。

なお、出版前の原稿検討会では、たまに(たぶんシベリウスとか特にそうですね)無駄に例が細かいことがあるので、もっと一般的にものすごくよく知られている作品にするのがいいのでは?というアドバイスもいただいて、そうしようかなとも思ったのですが、わたしの「生活」のなかで本当に印象に残った、好きな作品をなるべく挙げたいなと思って、そのままにしているところがかなりあります笑

個々の作品のネタバレなどは一切ありませんが、私の本を読んでくださる予定の方で、どんな具体例が出てくるのかの「ネタバレ」を喰らいたくないという方が万が一いらっしゃる場合、ここで回れ右をしていただければ幸いです。

序章 日常美学とは何か

  • 【絵画】具体的な作品名は出さないが、マルク・シャガールの絵が好きという話をしています。
  • 【現代アート】ジェレミー・デラー《オーグリーヴの戦い》(2001年)
  • 【現代アート】大地の芸術祭(新潟県、2000年〜)
  • 【場所】JR高崎線のグリーン車
  • 【映画】クロエ・ジャオ監督「ノマドランド」(2021年)

第1章 機能美 椅子を事例として

  • 【展覧会】「みんなの椅子 ムサビのデザインIV」(武蔵野美術大学美術館、2022年)
  • 【展覧会】「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」(東京都現代美術館、2022年)
  • 【展覧会】「フィン・ユールとデンマークの椅子」(東京都美術館、2022年)
  • 【現代アート】草間彌生《チェア》(1965年)
  • 【絵画】パブロ・ピカソ《ゲルニカ》(1937年)
  • 【椅子】アルネ・ヤコブセン「セブンチェア」
  • 【椅子】アルヴァ・アアルト「スツール60」
  • 【椅子】ヴァーナー・パントン「パントンチェア」
  • 【小説】江戸川乱歩「人間椅子」(1925年)
  • 【展覧会】「サーリネンとフィンランドの美しい建築」(パナソニック汐留美術館、2021年)
  • 【場所】小さい頃住んでいたマンション(本には書いていなが横浜市某所)

第2章 美的性質 掃除や片付けを事例として

  • 【絵画】クロード・ロラン《ローマの田舎》(1639年)
  • 【音楽】たいした分析はしていないが、インド音楽を具体例として出している(村山正碩さんのアドバイスによるものです。ありがとうございます)。
  • 【絵画】ミケランジェロ《天地創造》(1508-1512年)
  • 【絵画】クロード・モネ《睡蓮》の連作
  • 【生活財】武庫川女子大学「中田家コレクション」
  • 【アニメ】ちびまる子ちゃんのとあるエピソード
  • 【Netflix】「KonMari〜人生がときめく片付けの魔法〜」

第3章 芸術と日常の境界 料理を事例として

  • 【映画】ガブリエル・アクセル監督「バベットの晩餐会」(1987年)
  • 【料理】レストラン「ノーマ」
  • 【映画】是枝裕和監督「海街Diary」(2015年)
  • 【音楽】ドヴォルザーク《交響曲第九番》(1893年)
  • 【現代アート】リクリット・ティラワニ《パッタイ》と類似の取り組み
  • 【現代アート】岩間麻子の取り組み
  • 【漫画】ゆざきさかおみ『つくりたい女と食べたい女』(2021年〜)
  • 【ドラマ】フジテレビ「いちばんすきな花」(2023年)

第4章 親しみと新奇さ 地元を事例として

  • 【場所】東京の軒先の植木鉢
  • 【場所】ヘルシンキ(ヘルシンキ大聖堂やトーロ湾の風景)
  • 【場所】近所の河川敷
  • 【絵画】マルク・シャガール《家族の顕現》(1935/47年)
  • 【音楽】ジャン・シベリウス《クッレルヴォ》(1892年)
  • 【場所】パリ
  • 【場所】ハンガリーにおけるドナウ川の眺め
  • 【場所】地元の商店街
  • 【テレビ】日本テレビ「アナザースカイ」
  • 【建築】ギリシャのパルテノン神殿
  • 【建築】JR東京駅駅舎
  • 【建築】小田急百貨店新宿本館
  • 【建築】群馬県立女子大学1号館
  • 【ゲーム】ポケモンGO

第5章 ルーティーンの美学 vlog鑑賞を事例として

  • 【vlog】フィンランド在住の日本人の方々のvlog
  • 【アニメ】機動戦士ガンダムシリーズ
  • 【映画】ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(2016年)
  • 【vlog】ヴァレリー・ゲルギエフの「日常」動画
  • 【漫画】コナリミサト『凪のお暇』(2016年〜)
  • 【映画】ヴィム・ヴェンダース監督「PERFECT DAYS」(2023年)
  • 【vlog】赤ちゃん育児の一日を取り上げるvlog
  • 【エッセイ】安達茉莉子『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎、2022年)

終章 家と世界制作

  • 【小説】リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』(新潮社、2018年)

光文社新書より『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』刊行

光文社新書から、光文社新書より『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』という本をつい数日前に刊行しました。この本は、2000年代以降、現代美学の一分野として議論されるようになった「日常美学(everyday aesthetic)」という分野についての入門書です。

この説明だけでも、すでに2点注釈したいなということがあります。

まず、日常美学は基本的に「新しい」と形容されますし、実際本格的に議論がされるようになったのは21世紀になってからです。この本も、日本語においては、日常美学について単一の著者が書いている本としては極めてめずらしいものだと思います。

しかし、世界的な水準で見ると、日常美学はもはや「新しい」ものであるというにはやや標準的な思考モデルになりすぎているように思います。そもそも、伝統的な美学の主要な話題であった芸術の枠の外に出てるとはいえ、まさにそれゆえに美的なものとはなにかを問い直すということは、不可避的に美学の伝統的な諸問題に継続して取り組むことでもあります。ですから、日常美学は美学者からみて、二つの意味で「新しくはない」ものだとさえ言えます。

もうひとつ注釈したいこととして、この本は「入門書」であり、基本的には基礎知識がなくても読めるものです。とはいえ、日常美学の「定説」のようなものを紹介する、という体裁ではありません。なぜなら、まずこの分野は(先に言ったことと矛盾するようにみえるかもしれませんが、やはり)新しいということもあり、定説と呼べるものはありません。また、そもそも日常美学の論題は芸術と自然以外のものすべて、とさえ言えるほど広く、一冊の本ですべてを網羅することはできません。

そこでこの本は舞台を家とその周辺に絞りました。また重要な理論はなるべく多く紹介していますが、しかしそれらのどれかを正しいと主張するわけではないですし、それぞれの話題にかんしてわたし自身の主張を展開してもいます。その意味では、少しだけ変わった入門書、とも言えるかと思います。

光文社新書のnoteでは、この本の「まえがき」が公開されています。

掃除、料理、ルーティーン……何気ない日常を哲学すれば毎日に少しだけ意味ができる|家から考える「日常美学」入門

しかしそこでは各章の内容についてそこまで書いていないので、このブログではかる〜く、この本は何をしているの?というのを紹介したいと思います。

序章 日常美学とはなにか

ここでは、そもそも日常美学とは何かを、本書の議論に先立って大枠で説明しています。とはいえ、そもそも日常美学という聞き慣れない分野がいったいなんでわざわざ誕生したのかを理解するためには、美学とはなにか?がわからないとなので、そこから可能な限りで説明しています。

ここでいきなり他の方の書いた本の紹介なのですが、拙著をお読みになる/なった方はぜひ、ちくま新書から出ている井奥陽子さんの『近代美学入門』を読んでください。そうすると、近代に誕生した美学と、現代の日常美学のあいだのつながりがよくわかると思います。

あとは、本書は「家」に注目したいけれども、それは狭い意味での「住宅」に縛られないかもしれないし、誰と住むのかとかどこに住むのかとかを基本的には前提しない議論をします、ということを書いています。

第1章 機能美ー椅子を事例として

ここでは、多くの芸術作品とは違って生活のなかで「使われる」モノのが、その機能ゆえに持っている機能美というものについて考えています。この章では、椅子を取り上げたいくつかの展覧会の話から始まり、18世紀のイマニュエル・カントに遡りつつ機能と美の関係についてこれまで言われてきたことを整理しています。

そのうえで、先行研究は基本的にモノの機能美を個々のモノ単体でみたときをモデルにして議論をしていますが、家という場では、個々のモノはほかのモノとの関係のなかで機能を発揮しているので、そこを勘案した機能美の議論が必要なのではないかと本書では論じています。

第2章 美的性質ー掃除や片付けを事例として

この章では、現代美学において「美」や「崇高」といった伝統的な美的なものだけではなく、さまざまな日常的な語彙が美的なものとして捉えられていることを、(部屋が)「きれい」「汚い」といった性質も美的だと言えるのではないか?という日常美学の議論を追っています。

そのうえで、芸術家が完成させて私たちの前に差し出してくれる芸術作品とは異なり、掃除や片付けは私たちが自分で行う行為であり、「きれい」も「汚い」もその結果であるということに注目し、自分のスタイルの確立という観点からこれらの美的性質の位置付けを再定義しています。

第3章 芸術と日常の境界ー料理を事例として

この章では、伝統的には美学において「芸術」とはみなされてこなかった料理について、なぜそれが「芸術」ではないと考えられてきたのか、そして逆に現代ではなぜ「芸術」とみなされつつあるのかということについて、美学史を紐解いています。

そのうえで、家での料理も「芸術」と言いうるのか?ということを、家庭料理制作と芸術制作の相違点に注目することで再検討し、やはり「芸術」と呼ぶのには抵抗があるという話を書いています。

第4章 親しみと新奇さー地元を事例として

この章では、日常美学におけるかなり大きな議論の焦点、すなわち「親しみ(familiarity)」という、パッと目を引くわけではないけれども私たちの生活の穏やかさを形作る感情について先行研究を見ています。

そのうえで、日常というものは親しみを感じつつも、そのなかに新奇さを見出すという両輪で回っていて、たとえ慣れ親しんだ地元でも工夫次第で新奇さを見出すことができるのではないか?ではその工夫ってどんなものがあるのかな?というのを考えています。

第5章 ルーティーンの美学ーvlog鑑賞を事例として

この章では、日々の日常生活を支えているルーティーンについて焦点を当てています。ルーティーンは平凡さの象徴とされているけれど、果たしてそうなのか?ルーティーンを構築・維持するときに、私たちは美的=感性的な工夫をしているのではないか?ということを考えています。

特にこの章では、vlogという動画形式で日常を綴る媒体に注目しています。私自身が育児で生活崩壊中にvlogにハマった経験を引き合いに出しつつ、上述の問題を検討しています。

終章 家と世界制作

最後の章では、家について考えてきた本書の議論は、家を起点に世界へと広がっていくこと、感性には世界をつくる力があることを述べて、本書を終えています。

かなりざっくりとしたまとめですが…

博論を改稿した前著を出した4年前、ちょうど妊娠中でした。その子どもが生まれてきて、私の生活は激変したわけですが、本書はそうした日常の経験すべての反映だと思っています。正直にいってこの本で扱っている話題は簡単なものではありませんが、しかしそれらをすんなりと理解し考えていけるようなものにできるよう、実体験や例の話を充実させることで工夫したつもりです。

ぜひ多くの皆様に手に取っていただければ幸いです。

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学振PDの出産・育児⑦PD最終年度の就職活動

私はもともとPD残り期間5ヶ月というときに採用中断に入ったので、2021年1月に出産してすぐの4月には2022年度の行き先を決めないといけませんでした。

そこでまず取り組んだのは、学振RPDヘの申請です。制度については学振HPで確認していただいたほうがよいですが、自分かパートナーの出産を理由に研究活動にブランクが開いた人が対象となるものです(ブランクの長さとか、出産から何年以内とか、規定があるので注意)。学振PDと同じで3年間給与と研究費を確保できます。

私が申請した年は申請書フォーマットが大きく変わり、これまでDC1とPD合わせて3回(PD一度落ちているので)申請してきましたが、なかなか準備に手間取りました。そもそも、生後2〜3ヶ月の子どもの育児を担いながらだったので、大変なのは当たり前ですが…。

そのほか、5月くらいからは少しでも掠りそうな公募には積極的に応募しました。でもこれも、大学ごとに求められる書類が全然違っていて、育児しながら締め切りを一つ一つ守っていくのはとても大変でしたし、プレッシャーでもありました。

学振RPDは採用内定が8月と少し早めに出るので、これが出たときは来年保育園やめないで済む、、、と本気で安堵しました。ですがその後、現在の所属先にご縁があり、RPDは辞退となりました。

育休中に就活は本当にきつかったですが、でもポスドクの就活問題は別に育児していなくても大変なやつなので、育休中だったから大変だったかどうかは定かではないです。本当に公募書類はもっと簡略化されていくべきだと思います。

学振PDの出産・育児⑥保育園のはじまり

2021年9月、子が生後7ヶ月半のときに保育園に入園した。6月ごろ、認可外保育園の空き状況をチェックして、もともと見学していた家近の保育園に空きがあったのでHPのフォームから問い合わせ。電話がかかってきて、枠が押さえられたと言われたので6月末に書類などの手続きをした、と思う(記憶曖昧)。我が家の保活はこれだけでした。シンプルすぎる。これでよかったのかはいまだに不明ですが、子どもも楽しそうなのでいいかなと思います。

9月1日から3日間の慣らし保育を経て、通常の通園がスタートしました。

ただ、私は学振の「研究再開支援期間制度」を使っていたので(詳しくは過去記事)、最初は火曜〜金曜の4日間だけ、お迎えも基本は16時30分と早めに行くようにしていました。なので体感仕事時間が短い。それに、だいたい最初の4ヶ月くらいはなんやかやで月2〜3回は体調不良で休まれていましたね。なので、仕事できたのは月に15日あるかないかですかね…そんなもんだと思っておいたほうがいいかなと思います…。

ただ年明けて週5フルタイムにしたころから、子どもの体力もついてきて休まれることは滅多になくなり、2〜3月はコロナ休園以外は皆勤してくれました。これで一気に私!!仕事している!!というかんじが高まってとても嬉しかったのを思い出します。

学振PDの出産・育児⑤産育休的な期間のこと

実際に学振PDという身分で出産をし、育児休暇的なものを取得してどんな感じだったか、私個人の経験を書き記しておく。最初に言うと、私はたぶん周囲の手助けに恵まれているほうで、夫は2週間だけど育休的な期間を取り、在宅勤務をメインにすることで朝や夜の育児を担ってくれた。実母と実妹が近くに住んでいて、どうしてものときは子どもを見ていてくれたので、オンラインでの仕事も細々できた。

ただそれでも、率直に言って、結局育児に専念できるわけではなくダラダラと研究や講義をせざるを得ない「エセ育休」、しかも学振PD最終年度で就活もしないといけないという状況には、それなりに精神を追い詰められたと思うし、このときじわじわと負ったダメージから立ち直るには大変に長い時間がかかった(具体的には2年以上調子が戻らなかった)。

2020年11月

月初より学振PDの採用中断期間に入ったが、採用中断期間中に非常勤講師含めそのほかの仕事をすることが妨げられていないため、非常勤の講義を3コマ続けていた(リアルタイムオンライン1、オンデマンド2)。あと、採用中断期間は研究専念義務は解かれるものの、研究する自由は奪われないので、ふつうにオンラインでPD先のゼミに参加していたし、原稿もモリモリ書いていた。ただとにかく健康な妊婦だったのと、コロナでオンラインばかりだったからできたことだと思う。

2020年12月

まだ研究していた。翌年の業績がなくなるとブランクを開けたことが明白になり困るという思いがあり、査読論文を投稿した。それから依頼されていた原稿や、年度内のオンデマンド講義の準備を終わらせた。1月上旬出産予定だったので、早めに生まれてくることに備えて12月23日にすべての仕事を切り上げ、12月24日のクリスマスイブからは基本的に映画を見たり好きな本を読んだり散歩して過ごしていた。

2021年1月

ところが子どもが待てど暮らせど生まれてこず、予定日を10日近く超過。さすがに暇になり、原稿の手直しや、レポートの採点を進めていた。結局、ここまでに生まれなかったら計画入院ね、と言われていた1日前に、原稿を直し終えたころから陣痛が本格化した。でもなかなか陣痛の間隔が10分以内にならず、結局6時間くらい悶え苦しんだ。朝6時に産院に着いたら、もう子宮口が十分開いているので麻酔打てますと言われる(無痛分娩です)。私は麻酔がすごく効いたほうで、テレビを観てたら初産にしてはペースが早い、と言われ、昼過ぎには生まれた。

退院後、最初はさすがに何もできないのではないか、と思っていたのだが、私の場合は無痛分娩が本当によかったようなのと、あとはたぶんアドレナリンが出ていてそこまで体力の消耗を感じなかった。なので、子どもが寝ている隙にレポートの採点とか読書とか、産後1週間ちょっとでもう始めてしまった。今思うと、このときおとなしく本など読まないで寝ていればよかったと思うが、もうそうせずにはいられないように生まれついているので仕方なかったかなとももう。

2021年2月

あまり記憶がない。いったんレポートの採点も終わって非常勤の仕事もなくなり、仕事から一番遠ざかっていたときかもしれない。

2021年3〜4月

ここが一番辛かった。と言うのも、別記事で書くが学振RPDの申請期限が4月中旬にあり、申請書の準備を始めたからだ。これは出産前にもっと計画を練っておくべきだったと今になってすごく後悔している。とにかく3時間おきに夜も起きているという状況で、夜中最後の授乳が終わって朝4時ごろに申請書を書こうとして立ち上がれず、ボロボロ泣いたこともあった、というかほとんど泣いて過ごしていた。

しかも4月中旬には講演仕事も再開した。すごくいい経験だったのでやってよかったと今でも思っているが、講演前に搾乳しようとトイレへ行ったらすでに母乳がめちゃくちゃ漏れていて絶望したりした(服が乾きやすい素材だったのと、スカーフを巻いていたのでよかった…)。

2021年5月〜8月

学振RPDの申請書を提出したあとも、いろんな公募にチャレンジしていた。子どもは幸いまとまって寝るようになったので、夜やるか、母や妹に来てもらってまとまった時間を捻出して書いたりしていた。ただ、後半はコロナがかなり深刻化して、ワクチンの順番がなかなか回ってこなかった母と妹には頼れなくなった。もちろん出かけられない。屋外と言っても、真夏の暑さで赤ちゃんを連れて歩くのもできない。しかも子どもはだんだんと手がかかるようになっていく。公募以外にも、細々と引き受けた原稿や講演の準備を、とにかく空き時間があればやるしかない。それでだんだん心が萎れていって、しょっちゅう泣いていた。9月に保育園が始まったときは、一筋の光が射した…!と本気で思った。

こう書いてみると、休みの期間ほとんど泣いていたんじゃないかという気がするが、でも子どもはいわゆる「手のかからない子」で、正直育児自体で悩むことは少なかったほうではないかと思う。また私は産前産後とも、家族のおかげもあって、体調についてはかなり安定していたので、体力が枯れてしまうということもなかった。これらは本当に人によって違う点だと思うので、それゆえ私の体験談全般がなんら一般化可能性を持たないものであることを留意されたい。

メンタル不調の原因はもっぱら、学振最終年度で就職や研究業績についてものすごい焦りがあったことではないか。出産によるホルモンバランスの変化とか、育児という未知のタスクが加わったことももちろん無関係ではないだろうけれど。

学振PDの出産・育児④出産に向けてのその他の手続きや保育園見学

これまで出産に向けて、学振PDの採用中断制度に関する手続きと、非常勤講師先への連絡について書いた。この記事では、そのほかポロポロとあったやるべきことについて書いていく。

諸手当

だいたい「出産 もらえるお金」と検索すると、一般的に出る給付金やそのための手続き方法が出てくる。そのうち妊婦健診費の補助については、私の自治体では母子手帳を受け取りに行くと自動的に一緒にクーポンがついてきた。それを検診のたびに使っていくが、すべての費用をカバーできるものではないし、私の場合は子どもが予定日を超過して検診回数が増えたので最後は全額自腹とかになっていた。

次に出産育児一時金という健康保険に紐づく手当があり、これは学振PDでももらうことができる。私の場合はこの一時金を私の手元にではなく、国保から私が出産する産院に直接振り込んでもらうという方法だった。これは産院から案内に従っていれば自然とそうなって、手続きもそう難しくなかったと記憶している。

最後に、ふつう仕事をしている人なら出産手当金と育児休業給付金というのがもらえるようなのだが、当時は学振PDは学振とも所属大学とも雇用関係になかったのでもらえなかった。

現在の学振ではいろいろ制度が変わっているようなので、私のときよりもだいぶ状況はいいのかもしれない。

そのほかお金まわり

そのほか私がやったお金まわりのことは、まず、国民年金保険料の産前産後期間の免除制度への申請。出産予定日又は出産日が属する前月から4ヶ月間分の年金の支払いが免除となる。この期間のぶんは追納しなくても、老齢基礎年金の受給額に反映される。なので絶対やるべき。出産予定日の半年前からできるので、早めにやっておくといい。

もうひとつが、私の場合は日本学生支援機構の奨学金を返済しているので、これについて産前・産後休業及び育児休業の期間、返済を停止する手続きをした。この期間のぶんは単純に停止なので、あとで返済しなければいけない。なので、別に資金に余裕のある場合は停止はしなくてもいいのかもしれないが、とにかく学振PDはすべての給与支給がこの期間停止していたので、少しでも心理的余裕がほしくてこの制度を利用した。

なお、人によってはパートナーの扶養に入る検討をする必要があるかもしれないが、私の場合は出産する年の見込み収入も扶養は超えそうだったので、この件についての手続きは知らない。

保育園見学

1月出産予定、11月から学振の採用中断期間に入り、そこから一応2件だけ保育園の見学に行った。ちなみに私の保活はゆるゆる系で、結局認可外で空きのある保育園に0歳児年度途中で入園→以降も継続してそこに、というかんじで全然力が入っていないので参考にならないと思う(いまだに保活の仕組みがわかっていない、いつかは認可に転園も…?とか思ったりすることもあるけど、正直家からとても近くて気に入っている園なので動かない可能性が高い)。

一応、夏ごろに母親学級に参加したついでに、区役所の窓口で学振の説明をして保活について話を聞きはしたが、そもそも学振PDという身分の謎さが云々という以前に、0歳児年度途中入園希望で認可園は多分難しいから、とりあえず認可外に入って1歳のときに認可に転園する方針を強く勧めると言われた。それで、まあそういうもんか〜〜となって、認可外の園を2つだけ見学した。

ただパンデミックの最中だったので、見学と言っても園生活の様子はどちらも全然見られず、説明を聞いて、質問コーナーをして、おしまい。年度途中から入りたいのですが、と話して、そうなると具体的にどう動くべきなのか各園のやり方を聞けたのはよかったかもしれない。

学振PDの出産・育児③非常勤講師の仕事

2021年1月に出産予定ということが判明した時点で、まず考えなくてはいけない手続きの2つめは非常勤講師の仕事をどうするかということでした。結論から言うと、私の場合、コロナの影響ですべての講義がオンラインorオンデマンドだったことが幸いしました。

出産に関わってくる2020年度後期は、3コマの講義を担当予定で、そのうち1 コマがリアルタイムのオンライン配信、2コマがオンデマンド配信でした。リアルタイム配信は1月に1回だけ講義がありましたが、それは休講とし、代わりに年内に補講を行いました。また、オンデマンド配信については年内にすべての動画を配信しておき、学生さんには自分のペースで受講していただきました。最後2回分の講義のフィードバックは、出産が済んだあとで文章にして別途アップロードしました。

どの大学に対しても、安定期に入るのを待って、出産予定の旨を窓口になってくださっている専任の先生にメールで報告させていただきました。その際、上記のような対応を取ることを希望していることを伝え、これで何か大学的に問題がないかどうかを確認していただきました。

つまり私は、非常勤講師の仕事については産休・育休を取らなかったということになります。取る場合にどのような手続きが必要になるのかも全く調べませんでした。すべてコロナと、出産予定時期が1月という学期末の時期だったために可能になった綱渡りということになります。

この綱渡りで非常勤の仕事を辞めないで済んだのは大変ありがたかったのですが、つらかったのは採点作業でした。3コマ中1コマは、子の誕生が少し遅れたこともあり、出産前に最終レポートの採点を終えることができました。しかし残り2コマは、産後1週間程度休んだ段階で、早速採点をしなければ間に合いませんでした。幸い夫が育児休暇的な休みを2週間だけ取っていたので、そこでなんとか手が空いたときに少しずつ進めていきました。

今思うと、こういうちょっとずつの無理が積み重なっていき、生後7ヶ月半で保育園に入れる直前までにはかなりの疲れやストレスがあったと感じます。本当なら休みたかったです。でも、ポスドクにとって、非常勤の仕事を手放すことほど恐ろしいことはないのではないでしょうか。こういう状況は改善されてほしいです。

ちなみに、産後3ヶ月のころにスタートした2021年度は、本来であれば前期2コマ、後期4コマの講義を担当する予定でした。しかし通年出講予定の大学でフルオンデマンドが選択できなかったため、特に前期は出講が不可能であったこともあり、代わりの人にお願いしました。そのため前期1 コマ、後期3コマとなり、保育園が始まる前の前期1コマは家族に協力してもらったり、子どもが寝たあとの時間で準備をしてオンデマンド配信をしました。

そのため、学振PDについては採用中断期間を取りましたが、非常勤の仕事を途切れさせたことはありません。でも、これも本当にプレッシャーで、たった1コマと思われるかもしれないけれど、毎週のように涙を流して準備していました。人によっては、私が出産・育児を経てもある程度変わらず仕事をしていることを褒めてくださいます。それについては嫌な気はもちろんしないものですが、しかし主観的には本当につらい時期だったということだけは、忘れないでおきたいと思っています。

学振PDの出産・育児②学振の採用中断制度

2020年5月、妊娠していることが発覚しました。この時点で、予定日は2021年1月8日と言われました。

このとき、どうにかしなくてはいけないこととして、大きく分けて3つのことがありました。今回の記事では、そのうち学振の採用中断制度について書きます。

学振PDの採用中断制度を利用するかどうか

学振特別研究員には採用中断制度というものがあります。これは、傷病や出産・育児などで研究に専念することが困難である場合に、研究専念義務を外れるための制度です。一般的な産前産後休業とは大きく異なり、採用を中断している期間は、一切の給与が支払われません。この点は非常に大きなネックとなります。

とはいえ実際のところ、特に産前というより産後は出産してすぐは体力的に、また育児の負担的に研究をするのはほとんどできません。また産前においても、私はたまたま大きなトラブルがなく陣痛がくる直前まで論文の手直しをしていましたが、切迫早産などハイリスクな出産となれば休養が必要になります。

私は結局、パートナーに金銭的に負担をかけることにはなりましたが、この制度を利用することにしました。

どのように採用中断制度を利用するか

一口に採用中断制度を利用すると言っても、いつからいつまで利用するのか、また後述のとおり「研究再開準備支援」の制度を利用するかどうかなど、決めることはまだあります。

まず採用中断の開始について。これは出産予定日から6週間前の日が属する月の1日から開始することができるとなっています。私の場合、2021年1月8日に出産するのであれば6週間前は2020年11月27日となるため、2020年11月1日から採用中断をすることができます。基本的に1日付で手続きをする必要があるので、この場合、11月1日からでなければ次は12月1日からということになります。どうしようかと思いましたが、早産などのリスクも考え、早めに休みということにしておけば気が楽と判断し、私は11月1日付で採用中断期間に入ることにしました(ただ実際は予定日を大幅に遅れての出産となりましたが)。

次に、いつ採用中断を終えて復帰するかです。これは採用中断前の手続きで指定しておいて、後から変更することもできますが、つまりいつから保育園に預けて仕事を再開するかということなので、計画はしっかりしておく必要があります。私の場合、2021年3月までが学振PDの期間なので、2020年11月から休むと残りの任期を5ヶ月残しての採用中断になります。この5ヶ月をどう使うかが鍵だと考えました。

そこで先に少し述べた「研究再開準備支援」の制度が出てきます。この制度は、「出産・育児により研究に十分な時間を割けない者や、採用の中断から本格的再開に向け、短時間 の研究継続を希望する者」に対するもので、要はいわゆる時短勤務をする期間をつくるみたいなイメージです。この制度を使っている間、給与は半額になりますが、任期は倍になります。…という説明だと若干雑になりますが、具体例を使って説明するとこうなります。研究再開準備支援を使わなければ、私の残り任期は5ヶ月フルタイムで、ということになります。私の場合はこの残り5ヶ月のうち2ヶ月ぶんに研究再開準備支援を適用することにしました。

2021年9月〜2021年12月 研究再開準備支援の期間

2022年1月〜2022年3月 ふつうにフルタイムの期間

というかんじです。5ヶ月のうち3ヶ月は通常復帰、2ヶ月を研究再開準備支援に振り分け。研究準備再開支援の期間は2ヶ月ぶんの給与を4ヶ月に分けて受給しながら、時短で勤務ということになります。半額だとDC以下の金額になり、保育園代もかかるので結構厳しいのですが、0歳児での復帰になるので最初は保育園を休んだりすることも多いだろうし、慣れるまでは早めに迎えに行ったりしたいと思ったので、このようにしました。実際、子どもの世話の面だけではなく、このようにすることでペースはゆっくりでも研究をできる期間自体は伸びるわけなので、精神衛生上もすごく良かったと感じています。

学振PDの残り期間が5ヶ月とごく少なく、2022年度の仕事が白紙の状態での出産・育児期間への突入でした。2021年度の途中、中途半端なときに研究上の身分がなくなるのは避けたかったですし、保育園のこともあったので、「2022年度の仕事はなんとかするとして、2021年度の年度終わりが学振PDの任期終わりと重なるようにする」という前提で、2022年3月がお尻となるような復帰プランとしました。子どもが1月生まれなので、1歳になるタイミングでフルタイムに戻すということにして、そこから逆算して研究再開準備支援に何ヶ月を割り振るのかも決めました。

でもこの計算、すごくわかりづらかったんですよね…なので、学振の担当者の方に何度もメールを差し上げて、一緒に計算していただきました。これが一番間違いないので、自分の復帰プランを立てたら、それが可能なのかは遠慮せず問い合わせたほうがいいと思われます。

学振PDの出産・育児①学振PDになって

コロナ禍での経験ゆえ、あまり一般性の高い経験ではない気がするのですが、自分も妊娠してからというものネット上にある研究者の方々の経験を綴ったブログに助けられてきたので、備忘録も兼ねて自分が経験したことをシリーズ化して残しておきます。

わたしは2018年3月に博士号を取得、同年4月より学振PDとしてのポスドク生活を開始しました。この年に結婚もしています。いずれは子どもをとはすでに思っていましたが、自分としてはそれよりも先にしておきたいことがふたつありました。

ひとつは、博論の書籍化でした。わたしの研究分野である英米系の環境美学は、国内の先行研究が多くはありません。なので、博論を本のかたちで出版することには意義があるだろうと思っていました。ただ、そのためにはかなりの加筆修正が必要なことを覚悟していました。わたしは2014年に博士課程に進学、そして2017年11月に博士論文を提出しています。当時としてはまだ早めに出したほうだと思います。もちろん博士論文として全力を尽くしましたが、まだしっかり考えてみたい箇所があったことも事実です。さらに、大学への就職には単著を持っていることも重要だと散々聞かされていました。そのため、学振PDの期間での研究成果を盛り込みながらの書籍化を目指すことにしました。

もうひとつは、海外で研究をすることでした。わたしは学生時代、国際学会には積極的に参加していましたが、留学を一切していません。しかし、わたしの分野は国内での研究者が多くないので、今後の研究のために海外の研究者とのネットワークを作っておく必要を感じていました。幸い、フィンランドのヘルシンキ大学にて客員研究員をさせていただくことになり、大学の非常勤講師の仕事をすでに始めてしまっていたので長期休暇のあいだだけでしたが、2020年1月〜3月まで、ヘルシンキにて研究に従事する計画を2019年初頭より立て始めました。

もちろん、博論を出版することも、海外での研究も、子どもが生まれてからでもできないことではないと思います。ただ我が家の場合は、出産する場合、わたしがそれなりの期間仕事を離れることが大前提だったので、自分の気持ち的に絶対にやりたいと思っているこのふたつを実現してからでなければ踏ん切りがつかないと感じました。そんなこんなでわたしは学振PDの最初の2年間は、あっという間に過ぎて行きました。